第11章 揺れる
「こら、ひいろ! 信長様に失礼だぞ」
「まぁよい秀吉、いつものことだ。それにしても相変わらず良い眼をしておるな。お前らしい」
御館様は秀吉を軽くたしなめると、目を細め口元をゆるめひいろを見る。御館様とひいろの間に、二人しか分からぬ何かがあるようで、二人の視線が絡み合うと二人の口角も上がっていた。そして、視線をひいろに残したまま、隣にいる一之助へと声をかける。
「イチ、お前からつなぎをつけてくるとは珍しいな、ようやく俺の元へ来る気になったか?」
「信長様! またそのようなことを!」
めずらしく怒ったようにひいろが声を上げるが、口角は上がったままだった。そんなひいろを見て、御館様の笑みも深まる。
「いえ、私はいろは屋から離れるつもりはありません」
表情を変えずに一之助がそう答えると。勝ち誇ったようにひいろが御館様に笑って見せる。
「だめですよ、イチはいろは屋の家族ですから」
「小娘の御守りに飽きたらいつでもこい。イチ、俺はいつでもよいのだぞ」
「信長様!!」
無表情の一之助をめぐっての、子供同士のような言い合いはその後しばらく続いたが、御館様もひいろも楽しそうに目が笑っていた。
「秀吉……いつものことか」
「あぁ、いつものことだ。一之助を肴にしばらくひいろをからかうんだ」
秀吉は、そう言って苦笑いする。