第11章 揺れる
「……光秀さん。人の顔見て笑ってないで、早く行ってください」
「あぁ、そうだったな。お前まで秀吉に怒られてはな」
「勘弁してください。俺だって忙しい」
「また、ことねが転びでもしたか」
「ご名答です。じゃ、行きますよ」
不機嫌そうな家康の手にある軟膏壺を指さすと、大きなため息をし、面倒くさそうに答え家康は去って行った。ことねの名を口にした口元がわずかに緩んでいることに、本人は気づいているのだろうか。
「さて、秀吉の小言を聞きに行くか」
家康が去った後、俺は小さく呟き秀吉の元へと歩き出す。
家康が、あの日、ひいろに返せなかった手拭いを、懐にしのばせ続けているとは知らず。あの日ひいろが、二人の男から口付けを受けたことも知らず。
ただ、ただ、ひいろとの再会を待ちわびて、人知れず揺れる心をなだめすかしていた。