第11章 揺れる
ふと、家康の視線が、手拭いを握ったままの俺の手に止まる。
「それ……」
「なんだ?」
「ひいろの染めたものですね」
「ほう、何故そう思う?」
「その色、ひいろの色ですから、見れば分かります」
「見れば…か」
「染め物をしたとひいろに聞いたし、自分の目で見ましたから」
「ひいろに会ったか」
一瞬、家康の瞳が揺れて、すぐに何事もなかったように戻る。
「会いましたけど、何か?」
「いや、いろは屋に行ったが、留守だったのでな」
「あぁ、ひいろなら、何処か遠くに行っているらしいですよ。そろそろ、ひとつきになるかな。まだ帰ってないです」
「そうか」
「はい」
俺が聞いた答えを、家康も同じように聞いている。特に大きな意味はないだろうが、分かるのはひいろが、いろは屋にいないと言う事実。それと、家康とひいろの間に何かがあったと思われること。もしくは家康の中の、ひいろへ対する何かが変化したのか。家康の瞳が一瞬揺れたのは、心の揺れか。何度かいろは屋へ出向いている様子を聞けば、やはり何かあったか……。
知りえぬ時の流れに思いを馳せ、自ら心を揺らすとは、我ながら呆れ返る。