第10章 【番外編】いろは屋~その二~
「やめなさい、イチ。謝ることはない。お前のひいろへの想いは、痛いほど分かっている。そして、お前が己を押し殺し、ひいろの為にと動いてくれていることも……。だから、お前が素直に感情を出してくれたのなら、むしろ私はうれしいよ。いつも言うが、私はお前のことも大事なのだから」
そう言うと、吉右衛門は頭を下げたままの一之助の肩に、そっと手をのせる。
「……ありがとうございます。私の心配など……」
「イチ、吉右衛門様のお心使いを無下にするものではありません。私も、もう少しお前は、己の心のままに生きても良いと思うのですがね……。まぁ、お前の選ぶ道だ。好きになさい。ただ、我らがいることは、忘れるでないよ。皆、お前が大事だ」
「……わかりました。ありがとうございます」
じぃの言葉を受け、改めて一之助が二人に頭を下げる。吉右衛門とじぃは、互いの顔を見合わせ静かに頷きあう。二人とも若いこの男の幸せを願う気持ちは同じだと、深く確認しあうようだった。
「さて、そちらの件とは別で、一つ気になる話がある」
吉右衛門が膝を一つ叩き、場の空気を変える。一之助が顔をあげ、姿勢を正す。
「風の殿様が、病に臥せられた」