第9章 【番外編】触れる ~家康編~
どの位そうしていたのだろ、ゆっくりと目を開けると、見開いたままのひいろの瞳が見える。
ひいろの下唇を軽く噛み、味わうようにゆっくりと、重ねていた唇を離していく。
俺………ひいろに
口づけしてたんだ………
ひいろの両頬を包んだまま、ぼんやりと考える。手の中の、困ったような驚いた顔が、何だか愛おしかった。
もう一度、その唇を味わいたくて、また唇を重ねようと近づける。唇が重なる寸前、ひいろの唇が動く。
「どなたかの、代わりでも……」
はっとして、顔を離し、ひいろを見る。
「私は、いいのです」
消え入りそうな声でそう言うと、ひいろは今にも泣き出しそうな顔で微笑む。
その悲しそうな笑顔に、心の臓を掴まれ、一気に現実に引き戻された気がした。
俺は、今、ひいろに、口づけを、した
誰かじゃない
ひいろに、口づけたかったから
ひいろの唇が、欲しかったから
ひいろの頬から手を離し、一歩後ろに下がる。胸の中の思いを、きちんと伝えたくて、発する声が大きくなる。
誰かじゃない、ひいろが……
「ちっ、違う!代わりなんかじゃ……」