第9章 【番外編】触れる ~家康編~
「あぁ、もう!」
そう言って、俺はひいろの顔を両手で挟むようにして、その耳をふさぐ。
「えっ………」
「あんな声、あんたは聞かなくていい」
急に両耳をふさがれ、ひいろが驚いた表情で顔をあげる。俺の両手の中で、大きく目を開いたひいろと、目が合う。
驚きと恥ずかしさからなのか、瞳を更に潤ませ、紅をさした唇が軽く開いている。
「いっ、家康……様……」
俺の名を囁くように呼ぶ、ひいろのその声には答えず、俺はただ、手の中のひいろの顔を見つめていた。
手の中にいるのは、ことねではなく、ひいろ。
いつも目で追って、会えない時も考えて、ただ会いたくて、どうしようもなく思い出す、愛しい人、ことね。
なのに……今は、ことねじゃなくて、ここにいる、ひいろのことを、もっともっと知りたい。
頭の隅に追いやったはずのものが、胸の中のざわめきと共鳴して、形を成そうと蠢いている。
いつの間にか果てたのか、女の声は止み、雨音だけの世界に戻っていた。
なのに俺は、ひいろの耳から手が離せず、そのままひいろのことを閉じ込めていた。