第9章 【番外編】触れる ~家康編~
突然、女の悲鳴が聞こえる。
瞬間的にひいろと視線を合わせ、身構える。
壁に片手をついたまま、守るためにひいろとの距離を詰め、胸の中にひいろがいる状態になる。ひいろは、少し腰を落とし、すぐにでも動き出せるような体勢になる。
悲鳴の出どころを探るため、耳をすます。
悲鳴から僅かな間を置き、人が倒れ込むような音がする。続けて、ぼそぼそと話す男の声が聞こえる。雨音が激しく、何を言っているかは聞き取れず、そのままの体勢で、ひいろと二人様子をみる。
距離が縮まり、胸の中でひいろの息づかいが聞こえる。濡れた髪やうなじから、ひいろの香りがして、手招きするように俺を包む。甘くない花のような香り。
ことねとは、また違う、女の香り。
嫌じゃない………
ふいにまた、女の声が小さく聞こえる。
場所を探ろうと耳をすます俺の胸の中で、ひいろが身体を硬くし、下を向く。さらに女の声が続き、徐々に大きくなっていく。
俺がそれに気づく頃、先に気付いていたひいろのうなじは、赤く染まっていた。
どうやら、俺たちが立つ壁を隔てた家のどこかで、男と女が、ことをはじめたらしい。
降り続ける雨のせいで、近くに人はいないと思っているのか、女の声は大きくなり、煽るような男の声や動く音まで聞こえてくる。