第9章 【番外編】触れる ~家康編~
雨音が強くなり、叩きつけるように大粒の雨が降ってくる。雷が鳴り、空が光る。
大きな音に、ひいろは空を見上げる。俺は、そんなひいろのことを見つめる。ひいろは、雷に怯えることも、驚くこともなく、美しいものでも見つけたように、空を眺めていた。
「ひいろ、もっと奥に入って」
「はい」
俺の声に、我にかえったように、ひいろが返事をし、壁の際まで背中をよせる。
激しく地面を叩きつける雨粒が跳ね返り、泥水となって、ひいろの足元を濡らすのが見える。少しでもそれが避けられるように、俺はひいろと相向かうように立ち、ひいろの顔の横に片手をつく。
「これでは、家康様が濡れてしまいます」
「別に、これくらい。それよりも、あんたのその浴衣が汚れるほうが問題」
「あっ、ありがとうございます。そう言えば、家康様が褒めてくださっていたと、家の者に聞きました。遅くなりましたが、ありがとうございます」
「その浴衣、よく似合ってたから……ちゃんと伝えられてなかったし」
「とても、うれしいです。ありがとうございます」
何度目かのありがとうの後に、ひいろが花がほころぶような笑顔を俺に見せる。
初めて見たその笑顔に、また、胸がざわつく。