第9章 【番外編】触れる ~家康編~
「初めて、なんだ」
「はい。教えていただきながら、好きな……色を染めてみました」
「なら、見せて。それに早く拭かないと、あんたが風邪をひく」
「あっ、ごめんなさい」
恥ずかしそうに、ひいろが背中の後ろから出した手拭いを受けとる。
「好きな、色」
「はい……」
受け取った手拭いを開き、またひいろを拭いてやる。肩から腕へと、なるべく身体には触れないよう、浴衣の上を手拭いで撫でていく。
薄水色に薄黄色、好きな色か………
胸のざわつきが、一つになり形を現そうとする。
まさかね………
ふとよぎる言葉を、頭の隅に押し返す。
気持ちを切り替えようと、話題を変える。
「光秀さんの所からの帰りでしょ。めずらしく、一人なんだね」
「ご存じでしたか?いろは屋へお寄りになったのですか?」
「大番頭に聞いた」
「そうでしたか。すいません留守にして」
「別に約束した訳でもないし、大丈夫だよ」
手にした手拭いが重くなったので、少しひいろから離れて絞る。絞りきった手拭いを広げようとした瞬間、俺の手にひいろの手が重なる。
「ありがとうございます、家康様。もう充分でございます」
にっこりと微笑みながら、ひいろが俺の手から手拭いを取っていく。
重なっていたひいろの手が離れた瞬間、胸の奥が微かに軋む。