第9章 【番外編】触れる ~家康編~
「家康様……」
自分を拭いていたひいろの手が止り、俺へと伸びてくる。驚いて見る俺の顔の横を通り、耳の辺りを手拭いがぬぐう。
「なに?」
「あっ、ごめんなさい。家康様が濡れてらしたので」
慌てて手を引っ込めようとするひいろの手から、手拭いを取り去る。
「俺の手拭い濡れちゃったから、あんたの貸して」
「あっ、はい」
ひいろは呆気にとられながらも、素直に応じ手を下ろし、片手で胸に抱いていた包みを、またぎゅっと掴む。
俺はひいろの手拭いを広げ、ふわりのとひいろの頭の上にかける。
「いっ家康様!?あっあの……」
「荷物、持ってたら拭きづらいでしょ。ほら、顔上げて」
結い上げた髪をこれ以上崩さないよう、ゆっくりと拭いてやる。
一呼吸おいて、ひいろが顔を上げる。
思ったよりも近い距離で、目が合う。
紅をさしたひいろの唇が、ゆっくりと動く。
「ありがとうございます」
最後の方は、消えてしまいそうなほど、小さな声。微かに染まる頬。潤む瞳。
なに、これ。
ひいろって、こんな子だったけ?
胸の奥の何かをぎゅっと、掴まれた気がした。