第9章 【番外編】触れる ~家康編~
土煙をあげて降る雨を避け、商家の軒下に逃げ込む。勢いをまして降る雨粒に、裏通りになるこの場所は、すでに人の姿が無く、俺以外の人影もなかった。
手拭いを出し、しばらく濡れた身体を拭いていると、雨を避け俺の隣に一人、飛び込んでくる。
「ひいろ!?」
「家康様?」
勢いよく入って来たのは、あの日と同じ浴衣を着て、髪を上げたひいろだった。
一瞬、見つめ合い、お互いに息を飲む。
「そこ、濡れるから、入りなよ」
固まったように動かないひいろに声をかけ、自分の隣へと誘う。胸に抱いた包みをぎゅっと握り、俯きながらひいろが、俺の隣に並ぶ。ひいろのほつれた髪から、雫がたれる。
急いで走ってきたのか、白いうなじが僅かに染そまり、ほつれた髪が、そこはかとなく色香を誘う。
俺は視線をずらし、持っていた手拭いを差し出す。
「早く拭きなよ。風邪引くよ」
「えっ、あっ、大丈夫です。そんな、もったいない」
弾かれたように顔を上げ、ひいろはふるふると首を横に振る。そして、自分の懐から手拭いを出して俺に見せる。
「あの、自分のものがありますから……お気遣い、ありがとうございます」
「そう……」
俺は、出した手を引っ込めながら、ひいろの手の中の手拭いを見る。あの日光秀さんが着ていた浴衣と、同じ色だった。
そう思った瞬間、なぜか奥歯をぐっと、噛み締めていた。