第8章 触れる
ひいろの指が、俺の身体を確かめるように、筋肉や骨に沿って触れていく。迷うことなく、求めるものを探し当てるように、俺の背中に指が這う。
俺とて、何も感じないわけではない。わき上がる熱を打ち消すように、酒をあおる。
「光秀様。腕を、動かしてみてもよろしいですか?」
「あぁ、好きにしろ」
俺が杯を置くと、ひいろは俺の背中に手のひらをあて、もう片方の手で俺の腕を持ち上げた。その腕を引いたり伸ばしたりし、どうやら関節の動きと、それにともない動く筋肉の一連の流れを見ているようだった。片方が終われば、もう片方。休みなく、ひいろは俺の身体に触れ続けた。
ただ純粋な探求心で動いているはずのひいろの指を、俺の邪な思いは素直に受けず、この肌が意味あるように捉えて期待する。馬鹿な男だと自分を笑い、以前ひいろに『臆病』と言われたことを思い出す。
その通りかもしれないな、と今なら素直に受け入れられる。
心地良いひいろとの時間を壊したくなく、後にも先にも動くことができず、かといって、この場で抱き締めることもできない。
そうかと思えば、御館様にあそこまで言われたが、ことねへの想いも変わらない。
結局何も選べず、なにも諦められない。それどころか、失うことが怖くて、それらを認めることさえもできていない。『臆病』などではなく、もっとずっと薄汚い、狡い男だな、俺は。