第8章 触れる
「触れる、必要があるのか?」
「はい。なるべく絵に描くものは、自分の手に取り、その触り心地や重み、動物ならば体温など感じとれるものは体感してから描いています。女性の身体は自分と同じでしたから、どうとでもなりましたが、男性の身体は…」
「なるほど」
「光秀様の美しい身体を見せていただいたら、やはり骨格や筋肉の付きかたが違います。だから、触れたいのです」
「お前の絵が生きたように見えるのは、そこまで考えて描かれているからなのか」
今更ながら、ひいろの絵に対する姿勢に驚かされる。この様子だと、『絵のために男を抱いた』と言うことは、あながち嘘では無さそうだな。
「それに、光秀様」
「なんだ」
「先ほど、光秀様は私の肌に触れました。その対価をいただきとうございます」
「ほう、俺をゆするのか?」
「いえ、取引です」
「そうか」
絵のことが絡んでいる時の、ひいろは強い。普段は見せないが、元々持っている芯の強さがでるのだろう。
強い眼で真っ直ぐに俺を見て、にこりと笑って見せる。敵わないと思い、俺は一つため息をつく。
「わかった。見せろと言って、先に触れたのは俺だ。お前も好きにするといい」
「ありがとうございます」
そう言うとひいろは筆を置き、その指で俺の背中に触れた。