第8章 触れる
俺の言葉に、番頭は口元だけの笑みをうかべ、懐から小さな包みを出し、開いて見せる。
「それとこれをぜひ、ひいろ様がお世話になった女中頭のあささんにお渡ししたいと申しております。」
見ると、丁寧な仕事で朝顔の花が刺繍された手拭いが包まれていた。
「すべて有り難く頂戴する。吉右衛門に気を使わせたと伝えてくれ」
「はい。ありがとうございます」
手拭いを受け取ると、番頭はまた丁寧に頭を下げる。そして、顔をあげ佐助と似た顔を俺に向け、口を開く。
「光秀様の花簪のお陰か何か、ひいろ様の女ぶりが上がったように感じられます」
「お前の期待するようなことは、何もない」
「そうでしょうか?」
何かを見透かすように、番頭が意味ありげに笑う。何となく居心地が悪くなり、話題をかえようとするが、結局ひいろの事になる。
「今日はひいろはどうした?」
「一緒に参りましたが、あささんに連れて行かれました」
「あさに?」
「光秀様。ひいろさんをお連れ致しました」
話を聞いていたかのように、廊下からあさの声がする。
「あぁ、入れ」