第8章 触れる
~光秀 御殿~
今日はひいろとの約束の日。
ひいろを待ちながら、読みかけていた書物に眼を通す。そう通すだけ。
ぼんやりと眺めながら、ひいろのことを考える。祭りに一緒に出掛けたあと、はじめて会う日。
またあの時の事には何も触れず、無かったことにされるのだろうか。いつかのように。
「光秀様」
廊下からの声に我にかえる。
「いろは屋が参りました。本日は番頭が、ご挨拶したいとのことです」
「わかった。通せ」
「はい」
しばらくすると、案内され番頭が現れる。何時ものように表情の読めない顔で、挨拶をしようとする。
「とりあえず入れ」
「失礼します」
俺の前に座ると、姿勢を正し頭を下げる。
「先日はひいろお嬢様を夏祭りにお連れ頂き、ありがとうございました。本人はもちろん、主人の吉右衛門も大変喜んでおります。また、素晴らしい花簪まで頂き、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。
本日は、主人が新しく仕入れました銘酒と菓子などを持参致しました。光秀様はもちろんのこと、皆様でお楽しみ頂ければと思っておりますので、お納め頂ければ幸いにございます。」
「ずいぶん大層な挨拶だな」