第2章 Quit (太宰治)
社員寮の深愛の部屋に出向くと、不用心にも鍵が開けられていた。
中に入ると、甘ったるいにおいがして、菓子作りとは珍しい、と私は中を覗く。
「うーん、やっぱり深愛のマフィンは極上だねぇ。特にこの蜂蜜入りのがいい。甘さ控えめでいくらでも食べられてしまうよ。」
「ふふ、それは祖母のレシピなんですよ。良かったら持って帰りますか?」
「あ、それなら社長の分もあわせて四個。」
「二つずつですか?」
「いや、僕が三個。」
「なら一つは違う味にしておきますね。」
何で乱歩さんがここに。
いや、確かに二人は仕事に一緒に行って、それでそのまま帰ってきたんだろうけど。
けど、マフィンができるってことは、社の就業時間には帰ってきてたんじゃないの、とか。
そもそも恋人でもない男を家に上げて、料理振る舞うとかアリなの、とか。
「ありがとー…あ、太宰。君、女性の部屋にはいるときはノックぐらいしなければいけないよ。」
こちらを向いて人差し指をチッチと降った乱歩さんに、若干の殺意すら覚えていることに、自分自身でも驚いた。
「太宰さん。来てたんですね。」
なに、それは乱歩さんとの会話で私には気づいてなかったってこと?
それとも、私なんていてもいなくても変わらないってこと?
「はい、乱歩さん。どうぞ。」
「ありがとう。じゃあ、また明日ね。明日は東京の郊外の方の事件だから、早起きしてね。」
「わかりました。けど、いつも寝坊するのは乱歩さんでしょう?」
「そうだっけ?まぁいいや、またね。」
へぇ、明日も乱歩さんと一緒なんだ?
しかも今の話だと、きっと一日社にいないよね?
あーあーあー。
何で私がこんな、ヤキモチみたいなこと…。
「太宰さん、今からお夕飯作りますけど、和食と洋食どっちがいいですか?」
くるっと深愛が振り向いた瞬間。
きゅっと後ろから抱きしめていたのは、ヤキモチとかじゃない…はず。
「…どうかしました?」
「…明日、いないんだ?」
「そうですね。だからスカートはいても大丈夫ですね。」
「私以外の誰かにめくらめてもいいということかい?」
「今まで太宰さんしかめくる人は見たことがないです。」