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【文豪ストレイドッグス】愚劣なる恋愛詩

第17章 Cold water(福沢諭吉)


「んんんん!?聞いてないですけど!?」

 案の定、そう叫んで目を見開いた彼女に、私は笑いを漏らす。

「たまにはいいかと思ってな。旅行の間、社は国木田に任せる。」

「お任せください、社長。」

 私の隣で胸を張る国木田を見て、深愛が口を開けたまま固まっている。

「……嫌だったか?」

 私がそう尋ねると、まさか!と叫んだ。

「…その…嬉しいです…。」

 目尻が赤くなっている彼女を微笑ましく思いながら、私は彼女の腕を自分の腕に絡める。

「では、行ってくる。」

 そう言うと、社員がぶんぶんと手を振って送り出してくれる。

「いってらっしゃいませ!」

「お土産買ってきてくださーい。」

「楽しんできてくださいねー!」

 そのまま駅に向かい、列車に乗ると、彼女は不満げに私に言った。

「社長が来るって知ってたら着物着てきたのに。」

「そのワンピースも似合っているが?」

「そうじゃなくて…そうじゃないんですよぉ…。」

 うなだれる彼女に笑いながら、私は語りかける。

「だが、こういうのも悪くないだろう?なかなか二人で遠出はできないからな。」

「そうですね、正直浮かれてます。」

 そう言って私に飴玉を差し出した深愛は、乱歩さんからの差し入れですよ、と笑った。

 爽やかなオレンジの風味が口の中で弾け、まるで深愛のようだな、と思う。

 夏風のように颯爽と甘酸っぱさを運んでくる。

 彼女は刺激そのものだ。

 四十を超えた私でも、その魅力にはドキリとさせられる。

 楽しそうに観光地マップを眺めている彼女の横からそれを眺めると、驚いたように身を離された。

「びっ…くりしたぁ…。心臓に悪いですよ。」

 ばくばくと心臓の当たりを抑えた彼女に、私は笑う。

「私も浮かれているからな。」

「社長が?」

「あぁ。こんなに浮き足立っているのは久しぶりだ。」

 嬉しそうに目を細めた彼女は、窓の外を見ながら見ながら歌を口ずさみだす。

 自然と絡めた指は、離されることはなかった。
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