第12章 Paris (織田作之助)
そりゃそうだ、と思いながらも、出て行く太宰の背中が遠ざかってしまえば、そうか、こうして深愛と飲めるのも永遠ではないのか、などと考えてしまう。
ほろ酔いなのかトロンとした目で、彼女はどこでもないどこかを見ている。
「どうかしたのか?」
ぼーっとしている彼女に問えば、あのね、と返ってくる。
「人を殺すのって、それが当然だと思ってたの。」
唐突に始まった話は、彼女がほろ酔いに見えて実はかなり酔っているのだと俺に知らせる。
「けどね、織田作は殺さないでしょ。」
「俺の信念だからな。」
「最近人を殺す度に思うの。私と織田作の差がどんどん開いてく。私はより闇の深い部分に踏み込んでいって、どんどん織田作が遠くなる。」
瞳が潤んでいるのは、酔っているからだろうか。
それとも…。
「…泣くほどのことじゃあないだろ。お前は中原幹部の右腕なんだ。そればっかりは仕方ないだろう。」
「…だけど…。」
そう言ってカウンターに顎を乗せた深愛に、俺は尋ねる。
「それとも…もう殺したくないのか?」
俺の言葉に、深愛は首を振る。
「…仲間に迷惑をかけるのだけは嫌。けど、織田作が離れていくのはもっと嫌。」
言ってもどうしようもないと。
そんな風に彼女はうつむく。
「…あのね。」
泣きそうな声で彼女が言う。
「織田作は小説書くために人を殺さないんだよね?けど、その横に私みたいな人殺しがいてもいいの?」
そんなの決まっている、と思う。
彼女がいない灰色の人生で、俺は何を言葉にすればよいのだろう。