第9章 Despacito (芥川龍之介)
「龍。」
僕の名をを呼び捨てにするのなんて、お前くらいのものだぞ、と。
けれど不思議と悪い気はしなくて。
お前だけだぞ、と釘を差したくなるのは、別に嫌だからじゃない。
「...どうかしたか。」
「寝るときくらいその上着脱ごうよ。」
「…お前は毎晩それを言わなければ寝れないのか。」
何回目だ、と問えば、深愛はぷっと頬を膨らませた。
「だって龍の温度が遠いんだもの。シャツだけでいいでしょ、ねぇ、脱いで。」
「断る。」
「……。」
「…そんな目で見ても無駄だ。」
もういいもん、と背中を向けられてしまい、僕は苦笑する。
それでも後ろから抱き寄せれば身を委ねてくるのだから、本気で怒っているわけではないのだろう。
しばらくすると規則正しい呼吸が聞こえてきて、思わず笑いそうになるのを肩を震わせる程度でこらえる。
彼女は寝付きが恐ろしくいい。
夜咄もほどほどに、すぐに深い眠りに落ちていく。
それはまるで深い海に沈むようなのだと。
僕の心音が深い海の底へと誘っていくのだと。
彼女は前に言っていた。
僕と深愛は向かい合って、抱き合っては眠らない。
いつだって、僕が深愛を背中から抱きかかえて眠る。
敵襲が来たときに、背中を向けていては戦えないからと言った彼女に、僕も賛同した。
彼女の寝顔は見られないが、それでも彼女を失うよりはいいと。
そう信じて。
もう誰も失わないように。
僕から離れていかないように、しっかり抱きしめて眠るのだ。