第8章 Stay (中原中也)
「嘘ですけど。」
それなら納得だ、とうなずく彼に、私はにっこり笑って告げる。
「はっ!?」
「たかが一晩で能力が上下するなんて、そんなこと聞いたこともないですし、梶井さんの異能実験でもそんな結果は出ませんでした。」
「テメェ…。たまにあの青鯖と似たようなことを言いやがるよな。性格悪ィぞ。」
あんな包帯男と同じにされるのは心外だ、と私は彼の胸に額をすり寄せる。
「…じゃ、私のことも嫌いですか?」
「バァカ。なわけねェだろうが。」
くくく、と笑い、彼は時計を見る。
「…そろそろ本気でヤベェな。おい深愛、腕離せ。」
「……ヤです。」
「勘弁してくれ…。」
冗談です、と言って腕を離すと、先ほどまで密着していたところが冷たくてかなわない。
思わず指を絡めると、本当にどうしたよ、と笑われる。
「…すぐ会えるだろ。」
「……はい…。」
「だからそんな寂しがんな。気持ちは嬉しいけどよ。」
ベッドにうつ伏せになった私の髪に、音を立ててキスを落とすと、彼が離れていく。
「…行ってくる。」
「…いってらっしゃい。」
時間にして、10分にも満たない程度。
けれど、彼は私の頼み通り、ギリギリまで、少しだけでも長い間、私と一緒にいてくれた。
その事実が、私をふわふわとした感覚に落としていく。
嬉しかった、と。
今日の夜にでも伝えようか。
「…ふふっ…。」
外で聞こえたエンジン音が遠ざかっていく。
その小さくなっていく音を聞いているうちに、また微睡みの蕾が開いていく。
まるで海に浮かんでいるような。
そんな妙な浮遊感の中、彼の香りが残る布団に包まれて、私は眠りに落ちていった。
(貴方に抱きしめられる夢を見る。)