第1章 The Ocean (谷崎潤一郎)
一日の終わりの日課になっている、散歩という名目のデート。
恋人つなぎでブラブラ歩いていると、深愛が砂浜に降りる階段へ向かっていく。
「暖かくなってきたし、ちょっとだけ遊んでいこうよ。」
「また探すの?桜貝。」
僕が聞くと、深愛は小首を傾げて笑った。
「ふふ!ねぇ、知ってた?つき合う前も後も変わらないの。桜貝探しってね、谷崎君と一緒にいるための口実なんだよ。」
あぁ、くそ!
ただただ可愛い。
それはもう、病的に。
「つき合うきっかけ、桜貝だったんだよね。私の桜貝コレクション、もうすぐ百個なの。あと二つで。」
「ふーん。じゃ、一つずつ見つければ百個だ。」
「そう!」
あと30分。
あと30分で日が沈む。
それまでに、欠けていない、きれいな桜貝を見つけなければ。
右手は彼女と繋がれているから、利き手ではないけど、左手で探す。
二人で他愛のないことを話しながら、ときおり力のこもる指先が愛しくて。
笑顔が止まらないのも、地に足が着いた感覚すらしないのも、全部全部君のせい。
「「あった!」」
日没少し前、同時に叫んだ僕らは、顔を見合わせて笑った。
「見して!」
そう言って僕から受け取った桜貝を見ると、彼女は目を見開いた。
「ね!これつがいだよ!ほら!ぴったり!」
「え!ほんと?」
はしゃぐ彼女の手の中をのぞき込めば、確かにぴったりと合わさった貝がある。
「ね、なんか運命みたい。」
あぁ、もう。
何でそういう可愛いことを言うかなぁ。