第1章 The Ocean (谷崎潤一郎)
「しかし敦も言っていたけど、谷崎、あんた表情筋を鍛えた方がいいよ。だらしなさすぎる。」
「えぇ!?そこまでですか!?」
与謝野さんの言葉に思わず目を見開くと、いつからそこにいたのか、乱歩さんと国木田さんまで頷いた。
「貴様がへらへらしているのはいつものことだが、このなおさら彼女のことになると表情筋が決壊している。」
「いやらしさを感じないのが不思議でたまらないよ。その爽やかさを太宰に少しくれてやるべきだ。」
「ちょ!?乱歩さん!?」
思わぬ火花に声を上げた太宰さんを見ながら、僕は肩をすくめた。
「別に下心がないわけではないですよ。けど、目の前で深愛が笑ってくれていればそれでもう幸せというか…。あんまり先に進むと僕の幸せ容量がキャパオーバーで…。」
「うーわ、ゲロ甘ァ…。」
全員が何ともいえぬ表情でこちらを見る中、乱歩さんがそう言ってお菓子をかじる。
「君のせいでチョコレートが甘く感じないじゃないか。どうしてくれるんだい?」
「えぇ…僕のせいですか?」
敦君に助けを求めるが、呆れ顔で匙を投げられてしまう。
「まぁ、幸せで何よりだ。だが仕事に支障が出ないように気をつけろよ。」
国木田さんがそう言って机に戻っていくのをきっかけに、みんなが机に戻っていく。
いつの間にか机に置かれていた大量の書類を見ながら、僕は苦笑を漏らした。
ナオミと深愛が帰ってきたのは書類が半分くらい終わった頃だった。
人形焼きのほとんどは乱歩さんと、仕事からおなかを空かせて帰ってきた賢治くんの腹に収まり、みんなも慌てて口に人形焼きを詰め込む。
それを楽しそうに眺める彼女を見て、やっぱり僕も幸せで。
本日二度目の「気持ち悪いですわよ、お兄さま」を頂いた。
ナオミと深愛はもう一緒に食べてきたのか、あまり食べてはいなかったけれど、仲のよい二人を見ると、この二人は姉妹になるのかなぁ、なんて考えて、ひとりで赤面したり。
それを見ていた太宰さんに「谷崎くーん、何を考えていたのかなぁ?」なんて言われたり。
不思議そうにこちらを見る顔がもうほんと可愛くて。
あー、とか、うー、とか、もう語彙力の低下が著しい。
それくらい、彼女のことが好きで好きでたまらないんだ。