第1章 The Ocean (谷崎潤一郎)
「僕は知ってた。」
そう言うと、彼女はきょとん、と首を傾げる。
「え?」
「僕は、僕らが運命だって知ってたよ。」
ぼっと赤くなった彼女は、夕日のせいじゃないはずだ。
「~~~~っ、も~~!」
両手で顔を覆って震える声を出した彼女が、細い息を吐き出した。
「……好き。」
「え!」
今度は僕が赤くなる番だった。
「な、なんでもない!」
真っ赤になって立ち上がった彼女を、慌てて追いかける。
「ちょっ、待って待って。」
「わ、顔見ちゃだめ!茹で蛸みたいだから!」
「それ僕も同じだから。」
少し振り向いた彼女を抱き寄せれば、きゅっと腰に細い腕が回る。
ほら、境界線だ。
世界と僕らの境界線。
世界が僕らだけになる。
肩のあたりに押しつけられる、彼女の額から伝わる熱が。
彼女の呼吸とともに胸に伝わる、湿った熱が。
回された腕の感触が。
全てが僕を君を愛する、ただの男にしてしまう。
異能力者でもなく、ナオミの兄でもなく、探偵社の一員でもなく、ただの男にする。
君に焦がれるだけの、ただの男。
たまらず深愛の顎を持ち上げ、そっとキスを落とせば、そっと目を閉じてくれた。
あぁ、かわいいな、と。
夢中でキスを降らせれば、少し背伸びをした深愛が、腰に回していた腕を首に絡めた。
気づけば当たりは暗くなっていて。
海面に映る横浜の夜景が、髪を揺らす潮風が、心地よいさざ波の音が、僕らを外界から遮断するように、二人の世界に閉じ込めるんだ。
(幸せのキャパオーバー)