第6章 How deep is your love? (福沢諭吉)
もちろん社長に直接聞けるわけもなくやってきた週末。
珍しく外に連れ出してくれるらしいので、和服の社長に見合うそれなりにラフな着物を着て出かける。
開口一番、似合っている、と微笑まれては、時間をかけて頑張った苦労も報われるというものだ。
「どこか行きたい場所はあるか。」
「特にないです。社長は?」
私が答えると、社長は微笑んだ。
「ならば、お前がいつも休日に出向く朝市に行こう。」
「え、そんなところでいいんですか?」
「ああ。むしろ、お前がよく行く場所に行きたい。駄目か?」
「駄目かって…。」
その聞き方はずるい。
駄目じゃないです、と小さく答えると、社長が笑って腕を差し伸べた。
その腕に自分の腕を絡ませると、私は歩き出した。
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「こっちですよ。このお店はアメリカの西海岸から直送されたオレンジで、とっても美味しいんです。」
「なるほど…特産地のものを食べていたのか。道理で美味いわけだ。」
朝市の客の多くはレストランやカフェを営む人で、農家もその人達を狙って来る。
しかし、私のような食い意地の張った人間は個人的に来て買っていく。
それが珍しいのもあるだろうし、やっている日は毎日来るからだろう。
私の顔を覚えてくれている人も少なくない。
「深愛ちゃん、新しくいちご持ってきたけど、味見していくかい?」
「お、いつもの嬢ちゃん。今日はめかしこんでどうしたんだい?今はりんごが美味しいが、買ってくか?」
「深愛さん、無花果を育ててみたんですが、これ売れますかね?品定めお願いしますよ。」
「おぉ!お嬢!そっちのは彼氏…いや、父親か?なんでもいいが、これ持ってきな!形が悪くて売れ残っちまってよ。」
次々に話しかけては私に果実を与えたり持たせたり、あるいは売り込んだりしてくる人々の様子に、社長は苦笑した。
「知り合いが多いのだな。まるで賢治だ。」
「えぇ…私賢治君と同じですか…?」
私がそう言うと、社長は楽しそうに笑った。