第1章 The Ocean (谷崎潤一郎)
「谷崎君。」
「ん?」
仕事中だなんて。
そんなこと百も承知。
けれど名前を呼ばれただけで、だらしなく頬は緩み、隣で「気持ち悪いですわよ、お兄さま」と、ナオミにまで言われる始末。
「社長のお使いで買い物に行くんだけど、必要なものとかある?」
そう言われて、お気に入りのボールペンのインクが切れてしまったことを思い出す。
「あぁ、新しいボールペンが欲しいんだ。できればこれと同じヤツ。」
「ん、わかった。ナオミちゃんはなにかある?」
「いいえ?特には。あ!けど、もし近くを通ったら、この間の人形焼きをみんなで食べたいですわ!」
「それ名案!買ってくるね。」
「いえ!私も行きますわ!焼き立ても食べたいですもの!」
「確かに!何個入りにしようか!50個…は買いすぎ?」
彼女の表情一つ一つに、もうデレデレで。
どうしたらこんなにかわいい生物が生まれるんだ、とか、バカみたいな考えまで浮かんでくる。
行ってきまーす、と言って出ていった彼女を見送ると、敦くんが可笑しそうに笑った。
「谷崎君、本当に深愛ちゃんのこと好きだよね。」
敦くんの言葉に、ひょい、と顔を覗かせた太宰さんも付け足す。
「ちょっと気持ち悪いくらいだよねぇ。あ、敦君、これ追加ね~。」
よろしく!と書類を置いた太宰さんに、敦君が悲鳴を上げる。
「太宰さん!自分の仕事は自分でやってくださいよ!」
「えぇ~敦君先輩に逆らうの~?悪い子だなぁ~。」
頬を膨らませて怒る敦君に、まぁ、僕も手伝うから、と言って、これ追加書類を半分引き受ける。
谷崎君、君はこの社の良心だよ!と言う敦君に笑っていると、与謝野さんがニヤニヤと笑いながらやってきた。
「太宰、いい先輩ってのは後輩に仕事は押しつけないもんなんだよ。ついでに谷崎の分も手伝ってやりな。深愛が待たされたんじゃ可哀想だからね。」
そう言って敦君の机にあった太宰さんの書類と、僕の机にあった書類全部を太宰さんに渡す。
「うそぉ!増えて帰ってくるなんて聞いてないよ!」
このリア充め!と、罵倒してくる太宰さんに、思わず噴き出してしまう。