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【文豪ストレイドッグス】愚劣なる恋愛詩

第24章 100 letters(太宰治)


「上の空ですね。」

 ぼんやりとしていたところに響いたのは敦君の声。

 まるでヘリウムのように、地から離れてしまっていた意識が戻ってくる。

 それでも瞼の裏にはまだ、光を反射する髪が揺れている。

 頼むよ、もう消えてくれ、と低いサイレンの音が脳髄に響いた気がした。

「そうだねェ…なんだろう。まだ、心の整理がついていないのかな。」

「過去の精算は終わったのにですか?」

 不思議そうに尋ねてくる敦くんに、そうだね、と曖昧に答える。

「まだ…まだ、過去じゃないと思いたいんだ。もう…過去なんだろうけど。」

 珍しくセンチメンタルな私を訝しむように、敦くんは首を傾げた。

「本当にどうしたんです?体調でも悪いんですか?」

「すこぶるね。」

 そう言うと、私は再び目を閉じた。

 海辺で心中相手でも探そうと思っていた。

 昨日の晩のことだ。

 風が強くて、時折霞む視界の中で、見覚えのある灰色のスーツがぽつねんと立っていた。

 海風に煽られて絡まる髪をなでつける指は心なしか細くなっていて。

 元々細い子だったと思うけど、全体的に細くなった気がして。

 そういえば私も少しヒョロくなったなぁ、なんて考えた。

 話しかけたい、とは思わなかった。

 だって君は、話しかけたらきっと逃げてしまうだろうからね。

 見るだけなら許されるだろうと思って、じっと見つめていた。

 けれど、神はそれすら許してくれなかった。

「…さすがマフィアだ…。敏感だね。」

 自分でも驚いた。

 かすれた声は波の音に乗せられて彼女に届いただろうか?

 あぁ、いや。

 確か中也が読唇術を仕込んでいたね。

 そうか、ならこの距離でも会話はできるのか。

 宵闇が迫ってる。

 話せるのは数分かな。

「元気にしてるかい?」

 私の言葉に、彼女の唇が不自然に震えた。

 そして、眉間に力を込めて、彼女はうなずいた。

「貴方と一緒にいたときよりも。」

「辛辣だな。寂しがってはくれないの?」

 嘘つけ、そんなにやつれて。

 ここ数年間、一体どんな不摂生をしていたんだい?

 もしかして、君も自分を殺めようなんて考えたかい?

「寂しがってるのは貴方でしょ?泣きそうな顔してる。」

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