第24章 100 letters(太宰治)
「私が?まさか…。」
そう言いかけてようやく気づいた。
眉間に力を入れているのは自分も同じだと。
「…ずっと考えてたの。」
「何を?」
声は聞こえない。
唇と唇のやりとり。
決して触れ合うことのない、ディープキスのような。
痺れるような苛烈さを孕んだなにか。
100通の手紙を君に宛てたって、きっとこんなに熱くはならないだろうに。
「私は治にすべてを捧げてしまって、もう空っぽでなんにもないってこと。」
「…私が返してあげれるなら、それが一番手っ取り早いんだろうけどね。」
何年ぶりにあったのに、彼女はどこか落ち着いていて、私だけがこんなに黒く重たい気持ちを抱えているのだろうか、と下腹が締め付けられるように苦しくなった。
「…ギルドの一件で、貴方のポートマフィアにおける過去は全部精算された。だからこそ…。」
「言うな!」
思わず大声で叫んだ。
この先を、言わせてはならない。
悪寒にもにた何かが足元から這い上がり、思わず彼女の元へつかつかと歩み寄った。
後ずさった彼女は、眉を下げ、どこか諦めたような顔で言葉を紡ぐ。
「だからね…今は願わずにはいられないの。私は、すべてをまるっきり貴方にあげてしまったわけではないって。」
やめろ、という声は出なかった。
うっすら涙の溜まった彼女の双眸に、涙の溢れた私の真っ黒な瞳が映った。
これが「絶望」か。
君はもう聞いてはくれないんだろう?
私の引き止める言葉も、ささやく愛の言葉も。
真っ黒い闇で彼女の声は届かなくなった。
薄っすらと、去っていく彼女の姿を見た。
それはどこかモノクロで、非現実的な景色だった。
目を開くと、ぎょっとしたような国木田くんの顔があった。
「お前…涙なんて出たのか…?」
「そりゃぁ、人間だからね。」
「ハ、ハンケチ…使います?」
ワタワタとハンケチを取り出した敦くんを手で制した。
「人は前に進んでしまうんだねぇ…。」
「珍しくまともな感想だ。「しまう」という言い方は気に食わんがな。」
同僚の言葉を聞き流しながら、私は密かに願うしかない。
願わくば、君が進んだその先に、私がいますように、と。
(ここから動けないから、先回りはできないけれど。)