第11章 元マフィアの二人
「美しい……睡蓮の花のごとき儚く、そして可憐なお嬢さんだ」
「へっ⁉」
驚く女性に、太宰さんは誰もがとろけるような表情で微笑む。
「どうか私と心中していただけないだろ……」
――スパァァン‼
国木田の拳が炸裂した。
「国木田、手伝う」
もう、美人な女の人と見たらすぐに口説くんだから!
さっきの給仕の女性も合わせて腹が立ったあたしは、ズルズルと太宰さんを引きずる国木田について行くことにする。
太宰さんは「心中~、ちょっとだけでいいから~」と女性に呼びかけていた。
* * *
太宰さんのお仕置きを終えて、あたしは彼を残して国木田と戻る。
女性の依頼は、自分の働く会社のビルの裏手に、最近よからぬ輩が屯(たむろ)しているという話から始まった。
「よからぬ輩ッて?」
「分かりません。ですが、襤褸(ぼろ)をまとって日陰を歩き、聞き慣れない異国語も話す者もいるとか」
「そいつは密輸業者だろう」
谷崎の質問に答える女性の話に、国木田が口を挟む。
「軍警がいくら取り締まってもフナ虫のように湧いてくる、港湾都市の宿業だな」
「えぇ。無法の輩だという証拠さえあれば、軍警に掛け合えます」
女性の言いたいことが分かった。
「つまり、現場を張って証拠を掴んでほしいってこと?」
話を要約すると、国木田は一瞬目を伏せて、敦を指名した。
「小僧、お前が行け」
「へっ⁉」
突然の指名に驚く間もなく、国木田は「ただ見張るだけだ」と言う。
「密輸業者は無法者だが、大抵は逃げ足だけが取り得の無害な連中。初仕事にはちょうど良い」
「で、でも」
尻込みする敦に、国木田は眼鏡を押し上げながら谷崎に視線を移した。
「谷崎、一緒に行ってやれ」
「兄様が行くなら、ナオミもついて行きますわぁ」
* * *
「おい、小僧」
ガッチガチに緊張しながらカメラの準備をする敦に、国木田が懐から手帳を取り出した。
「不運かつ不幸なお前の短い人生に、いささかの同情がないでもない。ゆえに、この街で生き残るコツを一つだけ教えてやる」
手帳を開いた国木田は、そこから取り出した1枚の写真を敦に見せる。
そこに誰が写っているのか、あたしは知っていた。