第9章 少年と虎
「君も『異能の者』だ。現身に飢獣(きじゅう)を降ろす、月下の能力者……」
敦の細い身体は、巨大な白虎へと変じていた。
ギラリと光る金色の瞳孔が、あたしたちを射抜く。
鋭い牙が並ぶ口が大きく開き、空気も震えるような咆哮を上げた虎が、あたしたちへと踊りかかって来た。
あたしは太宰さんを背に庇い、手に噛みつこうとしたけど、彼はそれを制し、あたしを抱えて虎の攻撃を避けた。
「太宰さん?」
「私に任せ給え」
「でも……」
「大丈夫。彼は『異能力者』だ」
優しく微笑みかけて虎の前に出た太宰さんの命令通り、あたしは後ろへ下がる。
太宰さんを標的として認識した虎が、さらなる咆哮を上げて太宰さんへ襲い掛かった。
――バキィッ
虎が前足を振る。
それに合わせて太宰さんが伏せると、彼の後ろの木箱が破片をまき散らして壊れた。
「こりゃ、凄い力だ。人の首くらい簡単にへし折れる」
虎は続けて太宰さんへ殴りかかった。
1撃2撃と繰り出される虎の前足を避けていくと、やがて太宰さんは倉庫の壁面に追い詰められる。
「おっと」
「太宰さん!」
あたしが叫ぶと、太宰さんは「大丈夫」と安心させるように微笑んだ。
大丈夫だから手を出すな、という……命令。
分かってるけど、やっぱり心配なんだよ。
太宰さんの瞳が冷たく虎を見据える。
「獣に食い殺される最期というのも中々悪くはないが……」
そして……飛び掛かって来た虎を前に、太宰さんは静かに一言つけ加えた。
「君では私を殺せない」
異能力――『人間失格』
襲い掛かって来た虎に太宰さんは軽く触れる……ただそれだけ。
太宰さんの異能は、『あらゆる他の能力を触れただけで無効化する』。
彼に触れられた巨大な虎は、ただの無力な少年へと戻った。
フラッと倒れ込んだ敦を、「男と抱き合う趣味はない」と太宰さんは突き放し、地面に放った。
「太宰さん、大丈夫?」
派手な音を立てて地面へ倒れ込んだ少年を無視して、あたしは太宰さんに駆け寄る。
「もちろん。私に異能で勝てる能力者などいないよ」
そこへ、「おい、太宰!」と誰かが呼ぶ。
誰か、なんて、声だけで国木田だと分かるけど。