第9章 少年と虎
「国木田、遅い! 全部終わっちゃったよ‼」
「やぁ、国木田君。虎は捕まえたよ」
異能力を使って疲れたのか、地面で眠る少年を太宰さんが指さすと、駆けつけた国木田が目を丸くした。
「その小僧……じゃあ、そいつが?」
「うん、虎の能力者だ。変身してる間の記憶がなかったんだね」
そこには一片の同情もない。
いや、もしかしたら一片くらいはあるのかもしれないけど。
国木田は大きくため息を吐き、頭を掻きながら1枚の紙を取り出す。
「全く……次からは事前に説明しろ。肝が冷えたぞ」
――十五番街の西倉庫に虎が出る。逃げられぬよう周囲を固めろ。
「ちゃんと要点を押さえて、簡潔に書いてあるじゃない。何がいけないの?」
「説明が不足していると言っているんだ。おかげで非番の奴らまで駆り出した。みんなに酒でも奢れ」
国木田が後ろを軽く振り返ると、倉庫内に3人の若者が入って来た。
黒い髪をボブカットにし、その髪に金色の蝶の髪留めを飾った女性。
少年のような幼さと理知的な瞳を持つ青年。
オーバーオールに麦わら帽子、顔にそばかすを散らした少年。
「なんだ、怪我人はなしかい? つまらないねぇ」
与謝野晶子――能力名『君死給勿(キミシニタマウコトナカレ)』。
「はっはっは、なかなかできるようになったじゃないか、太宰。まぁ、僕には遠く及ばないけどね!」
江戸川乱歩――能力名『超推理』。
「でも、その人どうするんです? 自覚はなかったわけでしょ?」
宮沢賢治――能力名『雨ニモマケズ』。
「このまま軍警に引き渡せばいいじゃない。元々そういう依頼なんだから」
櫻城詞織――能力名『血染櫻』。
「どうする、太宰。詞織の言う通り、一応、区の災害指定猛獣だぞ」
国木田独歩――能力名『独歩吟客(どっぽぎんかく)』。
口々に好き勝手言うあたしたちに、太宰さんは「ふふ」と笑った。
「実は、もう決めてある」
太宰治――能力名『人間失格』。
太宰さんはチラリと眠る敦を一瞥して、あたしたちににっこり。
「うちの社員にする」
沈黙――そして……。
「「はぁぁあぁあ!?」」
国木田の声が一番大きかった……というか、国木田が叫んだ。
中島敦――能力名『月下獣』。