第9章 少年と虎
「きっと奴ですよ!」
「風で何かが落ちたんだろう」
あたしの返事も遮って叫ぶ敦とは正反対に、太宰さんは静かに答える。
だが、それが聞こえなかったように立ち上がり、敦は震えながら倉庫にある小さな窓を見つめた。
「ひ、人喰い虎だ! 僕を喰いに来たんだ‼」
「座り給えよ、敦君。虎はそんなところから来ない」
「ど、どうして分かるんです!」
否定する太宰さんに敦が怒鳴る。
だが、太宰さんはその言葉にパタンと本を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
「そもそも変なのだよ、敦君」
「太宰さん?」
あたしは太宰さんに真相を聞いてない。
だから、あたしは何が変なのか分からず太宰さんを呼んだけど、彼はそれに応じずに続けた。
「経営が傾いたからって、養護施設が児童を追放するかい? 大昔の農村じゃないんだ」
いや、と太宰さんはさらに疑問点を追及する。
「そもそも、経営が傾いたなら、1人2人追放したところでどうにもならない。半分くらい減らして、よその施設に移すのが筋だ」
「太宰さん、何を言って――」
敦は意味が分からないと狼狽した。
あたしは太宰さんの言ったことを反芻し、それと自分が疑問に思ったことを合わせ、1つの結論に至る。
「ま、まさか……」
無意識の呟きを肯定するように、太宰さんは淡々と言葉を紡いだ。
倉庫の小窓から降り注ぐ月光に、敦は太宰さんではなく月を見上げる。
少年のパープルゴールドの瞳が見開かれた。
「君が街に来たのが2週間前、虎が街に現れたのも2週間前。君が鶴見川付近にいたのが4日前、同じ場所で虎が目撃されたのも4日前……」
太宰さんの言葉が紡がれるたびに、敦の骨格が大きく変化していく。
「国木田君が言っていただろう。『武装探偵社』は『異能集団』、つまり異能の力を持つ輩の寄り合い。世間には知られていないが、この世には異能の者が少なからずいる。その力で成功する者もいれば――力を制御できず、身を滅ぼす者もいる」
「……そっか、敦だけが知らなかったんだ」
「あぁ、そうだ。……大方、施設の人は虎の正体を知っていたが、敦君には教えなかったのだろう」
立ち上がった太宰さんが、凪いだ水面のような瞳を、ソレに向ける。