第9章 少年と虎
「その上、今日の寝床も明日の食い扶持(ぶち)も知れない身で。こんな奴がどこで野垂(のた)れ死んだって……いや、いっそ虎に喰われ死んだ方が……」
「うるさい」
あたしは思わずそう言っていた。
のろのろと顔を上げる敦に、あたしは続ける。
「まるで、自分が世界で1番不幸みたいな言い方は止めて。あんたがどれだけ辛い目に遭ってきたのかなんてあたしは知らないけど、あんたより辛い思いをしてる人間なんて、世の中にいくらでもいるんだから」
腹が立ったのは、思い出したからだ。
化け物と詰られていた自分を。
気味が悪いと殴られていた自分を。
毎日空腹で、気絶するように眠って。
身体の痛みで目が覚めていた、あの地獄の日々を。
「そんなに辛いなら死ねばいいじゃない。なのに、何であんたはまだ生きてるの? 死にたくないからでしょ? だったら、そうはっきり言いなさいよ。同情されたいだけの不幸な身の上話なんて聞きたくない。だいたい……」
「止めるんだ、詞織」
早口で続けようとするあたしを、太宰さんは止めた。
黙ってしまった敦を見て、あたしはようやく口をつぐむ。
「悪いね、敦君。詞織も悪気はないんだ。ただ、この子も幼い頃、君と似たような境遇にいたからね」
「君も、孤児院で酷い目に?」
「違う。あたしを酷い目に遭わせていたのは親。もういないけどね」
あたしが殺したから。
「1週間ご飯を食べられないなんて、珍しくなかった。暴力は日常茶飯事。『駄目な奴』? あたしはこんな見た目だから『化け物』って言われてた。『生まなければよかった』なんて、存在すら否定されて。孤児院出身のあんたからしてみれば、親がいるだけ良いじゃないって、思うかもしれないけど、あたしは親が死んだ今の方がずっと幸せよ」
「…………」
敦は何も言わなかった。
あたしもそれ以上は何も言わなかった。
重苦しい沈黙が流れて、それを破るように「さて」と太宰さんが呟く。
「そろそろかな」
それは疑問ではなく、断定だった。
――ガタンッ
夜の闇と狭くない倉庫の中に響く。
シン…と静まり返った倉庫内を見渡し、少年は震えた声を出した。
「今……そこで物音が!」
「そうね。……でも」