第9章 少年と虎
すると、太宰さんがその隙にさらさらとメモに何かを書きつけていた。
その内容を見て、「太宰さん」と尋ねようとしたけど、彼は黙っているよう仕草で命じる。
口をつぐんだあたしを確認し、太宰さんはメモを国木田に渡した。
「国木田君は、社に戻ってこのメモを社長に」
「おい、三人で捕まえる気か? まずは情報の裏を取って……」
いいから、と太宰さんは国木田を制した。
国木田はメモの中身を確認し、それ以上は何も言わない。
国木田だって、太宰さんの頭の切れ具合をよく知っているから。
まぁ、虎がどれだけ現れようと、あたしが太宰さんを守ればいいだけだし。
「ち、ちなみに、報酬はいかほど?」
そんなやり取りなど知らない敦が、あたしたちに恐る恐ると言った感じで尋ねる。
「こんくらい」
報酬額を書いた紙を太宰さんが見せると、少年は目を限界まで開いて飛び上がった。
* * *
夜の帳が降りた頃――……。
現在、あたしと太宰さんは、虎に狙われている少年を連れて、十五番街の西倉庫にいる。
太宰さんは愛読書である『完全自殺読本』を読み、敦はそれを見てげんなりしていた。
あたしは太宰さんの隣で足をぶらぶらさせながら、たまに太宰さんの本を覗いたり、チョコを食べたり、自分の髪を弄ったり、チョコを食べたりしている。
正直にいうと、暇だ。
ポケットに入れていたチョコが底を尽きかけた頃、敦が口を開いた。
「……本当に現れるんですか?」
半信半疑に尋ねる敦に、あたしは大きく頷いて見せた。
「本当よ。太宰さんの読みが外れたことなんてないんだから」
えっへん、と自分のことのように胸を張る。
それでも不安そうな顔をする少年に、太宰さんは感情のこもらない声で言葉をかけた。
「心配いらない。虎が現れても、私たちの敵ではないよ。こう見えても、『武装探偵社』の一隅だ」
そう言うと、敦は膝を抱えて失笑した。
「はは。凄いですね、自信のある人は。僕なんか、孤児院でもずっと『駄目な奴』って言われてて……」
自虐の言葉を紡ぐ敦に、あたしは無意識に眉をしかめる。