第9章 少年と虎
「それで小僧。『殺されかけた』というは?」
敦はドンッと忌々しげに机を叩きながら、吐き捨てるように続ける。
「あの人喰い虎……孤児院で畑の大根食ってりゃいいのに、ここまで僕を追いかけてきたんだ!」
敦の話によると、孤児院を出てから鶴見川の辺りをふらふらしていたときに虎と出くわしたらしい。
「あいつ、僕を追って街まで降りてきたんだ! 空腹で頭は朦朧とするし、どこをどう逃げたのか……」
敦が孤児院を出たのが2週間前、川で虎を目撃したのが4日前。
確かに、虎が目撃されるようになったのは2週間前で、4日前に鶴見川で目撃証言もある。
敦が虎に狙われているのは間違いない。
けれど、あたしはどこか引っ掛かりを覚えた。
いくら脚が早くても、人を喰らうような虎から逃げ続けていられるのだろうか。
追いかけて来たり、出くわしたり……少なくとも、虎は敦の居場所をある程度把握している。
そのうえ、空腹でふらふらの少年なんて、とっくにパクりとやられているだろうし、いくらなんでも符合しすぎていないだろうか。
あたしはない頭で考えながら、隣に座る太宰さんを見上げると、彼も目を伏せて考えている。
やがて、あたしの視線に気づき、微笑みながら頭を撫でてくれた。
その視線を敦に移し、あたしに向けたものとは違う笑みを作る。
「敦君、これから暇?」
「……猛烈に嫌な予感がするのですが」
太宰さんの笑顔から敏感に何かを察した少年の顔が引きつった。
それに構わず、太宰さんは提案する。
「君が『人喰い虎』に狙われてるなら好都合だよね。虎探しを手伝ってくれないかな?」
ガタンッと敦は立ち上がり、太宰さんと距離を取って首を振った。
「い、いい、嫌ですよ! それってつまり『餌』じゃないですか‼ 誰がそんな……」
「報酬出るよ」
間髪をいれずに太宰さんは取引を開始する。
相手が最も欲しているものを察し、それを提示する太宰さんの交渉術。
マフィア時代も、この交渉術であらゆる取引や尋問を成功させ、組織に多大な貢献をしてきた。
案の定、敦も心が揺れているのか、否定することを止めて悩んでいる。
心の葛藤が目に見えるようだった。