第9章 少年と虎
あたしは自分の頭がそんなに良くないのは知っているけど、たまに、国木田ってもしかしてあたしより頭が悪いんじゃないかと思うときがある。
首吊り健康法なるものを太宰さんが説明し、国木田は熱心にメモを取った。
それを呆れて見ていると、敦がおずおずと口を挟む。
「そ、それで……探偵のお三方の今日のお仕事は?」
「虎探しだ」
「……虎探し?」
メモを取り終った国木田が、眼鏡を押し上げて座り直すと、少年は呆然と彼の答えを繰り返した。
「近頃、街を荒らしている『人喰い虎』よ。知らない?」
「倉庫を荒らしたり、畑の作物を食ったり、好き放題さ。最近この近くで目撃されたらしいのだけど……」
あたしと太宰さんが補足すると、敦はガタンと椅子ごと倒れる。
その表情は恐怖に塗り潰されていた。
「ぼ、ぼぼ、僕はこれで失礼します」
「待て」
明らかに逃げようとする敦の首根っこを国木田が掴んだ。そんな国木田に少年は叫ぶ。
「無理だ! 奴に人が敵うわけない‼」
「貴様、『人喰い虎』を知っているのか?」
それは、敦の様子から間違いない事実だった。
「あいつは僕を狙ってる! 殺されかけたんだ!! この辺に出たなら逃げないと……」
国木田は逃れようとする少年を解放したかと思うと、敦の腕を掴み、床に押さえつけた。
「言っただろう。武装探偵社は荒事専門だと。茶漬け代は腕1本か全て話すかだな」
腕を捻り上げる国木田に、あたしは呆れてため息吐く。
「国木田、素人相手にちょっとやり過ぎじゃない?」
「君がやると情報収集が尋問になる。いつも社長に言われてるじゃないか」
そう諌めると、国木田は「ふん」と言って、今度こそ敦を解放した。
それで? と笑顔で敦に尋ねる太宰さんの後ろで、「見せ物じゃないぞ」と国木田がギャラリーを追い払う。
「うちの孤児院は、あの虎にぶっ壊されたんです。畑も荒らされ、倉も吹き飛ばされて……死人こそ出なかったけど、貧乏孤児院はそれで立ち行かなくなって、口減らしに追い出された」
椅子に座り直し、訥々と話す少年に「そりゃ、災難だったね」と太宰さんが同情の言葉をかけた。