第9章 少年と虎
やがて気が済むまでお茶漬けを食べた敦は、膨れたお腹をさすりながら「はー、食った! もう茶漬けは10年見たくない‼」と満足そうに言った。
* * *
「いや、ほんっとーに助かりました! 孤児院を追い出され横浜に出てから、食べるものも寝るところもなく……このまま野垂(のた)れ死ぬかと」
「ふぅん。君、施設の出かい?」
正直、納得だ。
敦の着ている服はボロボロで、あたしも浮浪児だと思っていたところだ。
太宰さんの問いに、少年は困ったような顔をする。
なんでも、経営不振とか事業縮小とか理由をつけて追い出されたらしい。
けれど、あたしたちにはそんな『ありふれた話』を聞いている暇はない。
そうだ。敦のことは気の毒だとは思うが、どこにでもある話だ。
仕事に戻るぞ、と国木田が席を立とうとして、敦が思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、あなた方はなんの仕事を?」
「なぁに……探偵さ」
太宰さんが答える。
「探偵って言っても、猫探しとか不貞調査とかしてるわけじゃないよ?」
「斬った張ったの荒事が領分だ。異能力集団『武装探偵社』を知らんか?」
国木田が社の名前を出すと、少年の表情に緊張が走った。
どうやら、探偵社の存在を知っているらしい。
軍や警察に頼れない危険な依頼を引き受け、昼の世界と夜の世界の間を取り仕切る探偵集団。
そして、社員の多くが『異能力』を持つ――……。
横浜に出てきたばかりの浮浪児にも知れているとは、武装探偵社も有名になったな、とあたしは内心で得意気に頷く。
不意に太宰さんが鴨居を見ながらぼんやりと口を開いた。
「あの鴨居、頑丈そうだね……たとえるなら、人間1人の体重を支えられそうなくらい」
「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするな」
「もう、首吊りなんてしなくても、太宰さんのことはあたしが殺してあげるって言ってるでしょ‼」
あたしは太宰さんの腕に自分の腕を絡めて、拗ねたように頬を膨らませて見せる。
「そんなことを言って、いつも殺してくれないじゃないか。それに、首吊りは首吊りでも、首吊り健康法だよ」
「なに、あれ健康に良いのか?」
あ、また遊ばれてる。