第9章 少年と虎
人喰い虎の捕獲を命じられたのは、入社して2年目のことだった。
太宰さんと国木田の任務に、あたしは同行する。
当然でしょ。太宰さんが向かうところはあたしの向かうところなのだから。
やがて……まぁ、いつものことだけど、良い川を見つけたと言って、太宰さんがふらりと消えていた。
また入水か……今さら慌てたりしないけど。
入水して死ぬくらいなら、とっくの昔に死んでいる。
慌てたのは、予定を狂わされた国木田の方だ。
あたしは国木田と急いで下流へ向かった。
まさかね、と思いつつも万が一、いや、万万万万万が一とかあると困るし。
息絶える前に首を絞めてあげないと。
川の向こう岸では、見知らぬ少年と太宰さんが話している。
あぁ、また失敗したんだと呆れながらも、あたしはどこかホッとしていた。
「こんなところにおったか、唐変木!」
「おー、国木田君に詞織、ご苦労様」
呑気に手を振る太宰さんに、国木田の小言が始まる。
そして、太宰さんの提案で、国木田が見知らぬ少年にお茶漬けをご馳走することになった。
* * *
中島敦。
それが少年の名前だった。
銀色のヘンテコリンな髪形に、パープルゴールドの瞳。
あたしの斜向かいに座る敦は、もの凄い勢いでお茶漬けをかき込んでいく。
みるみるうちに積み上がっていく器に、あたしは唖然とした。
「おい、太宰。早く仕事に戻るぞ」
お前のせいで予定が大幅に遅れてしまった、と国木田が文句を言っている。
「太宰さんの所為じゃないもん! コイツがお茶漬け食べてるからでしょ! 太宰さんを怒らないで‼」
それを提案したのが太宰さんだったことも忘れて、あたしは国木田に反論する。
すると、口にお茶漬けを頬張った敦が「モゴモゴ」と意味不明なことを喋り始めた。
それに国木田が「うるさい」と答える。
「出費計画のページにも、『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」
さらに敦が「モゴモゴ」言うと、国木田は「だから!」と机を叩いた。
「仕事だ! 俺たちは軍警の依頼で猛獣退治を――」
「君たち、何で会話できてるの?」
ちょうどあたしが疑問に思っていたことを太宰さんが代弁してくれた。
さすがの太宰さんでも、敦の「モゴモゴ」は分からなかったらしい。