第8章 理想を愛する男
「まったく、あの女好きが……おい、詞織。太宰は放っておいて、駄菓子だけ買いに……」
でも、あたしはそんな国木田を無視してズンズンと歩き始めた。
「おい、駄菓子を売っている店はそっちじゃないぞ」
「太宰さんを探しに行くの!」
「何を言っている。太宰より駄菓子を買う方が、重要性が高いだろう。早く戻って報告書を上げなければ……」
「だって、太宰さんは女の人といるんだよ!? ジューヨーセー(重要性)は太宰さんが上でしょ!? また、どっかで女の人口説いて、どっかの女の人と……っ」
うっ、と目尻に溜まった涙をあたしは必死で堪えた。
「お、おい、何も泣くことはないだろう?」
突如オロオロし出した国木田。
忙しなく周囲の目を気にしつつ、彼は眉間を押さえてため息を吐いた。
「分かった、太宰を探してやるから。その代わり、駄菓子の買い出しのついでだからな」
「……うん」
あたしたちは駄菓子を買いに行く道すがら、太宰さんを探しに行くことにした。
* * *
――うるさい。
声の方を見ると、行き交う人たちの中に、大声で泣くじゃくる少女がいた。
迷子だろうか。
あたしはため息を吐いて、太宰さんを探すべく、首と目をキョロキョロと動かして先へ進む。
けれど、国木田は踵を返して少女の前で立ち止まると、膝を折って目線を合わせた。
「迷子か?」
少女はコクリと頷く。
「何してるの、国木田? 買い出しは?」
「泣きじゃくる子どもを見て見ぬ振りはできんだろう」
「何で?」
「何でって……お前なぁ……」
呆れてものも言えない国木田は大きなため息を吐いた。
「お前は買い出しに行ってろ。俺はこの子どもの親を探す」
「むぅ、分かっ……」
そこであたしは、作之助の言葉を思い出した。
――良い人間になれ。
その言葉は太宰さんに向けられたものだけど、あたしの心を縛る鎖でもある。
「……それは、良いこと? その子の親を探すのは、良い人間のすること?」
「はぁ? 何を言っているんだ? ここはいいから、早く買い出しを……」
「答えてよ、国木田」
真剣な目で国木田を見ると、意味が分からないと怪訝な顔をしつつも、彼は答えてくれた。
「まぁ、悪い人間のすることではないだろう」
* * *