第40章 『はじまり』のおわり
「太宰さん、あたし……」
何を続ければいいのか分からなくなって、あたしは顔を伏せた。
太宰さんの顔を見るのが怖い。
自分の情けない顔を見られたくなかった。
いらない、って言われたらどうしよう。
そんな子供じみた恐怖があたしを襲う。
沈黙が永遠に感じられた。
刺すような静寂に、あたしの身体は震える。
「詞織」
破られた静寂に、それでもあたしは顔を上げることができなかった。
「詞織、顔を上げて」
重ねられた言葉を脳が『太宰さんの命令』と認識し、あたしはようやく、ゆるゆると顔を上げる。
すると、太宰さんは腰を屈め、ふわりとあたしの唇に口づけを落とした。
「……っ⁉」
息を呑んだあたしに、太宰さんは真剣な、けれどどこか悲しげな瞳であたしを見る。
「それで? 君は私と別れたいのかい?」
「そ、そんなんじゃ……」
そんなつもりじゃない?
だったら、どういうつもりだったんだろう。
あたしと太宰さんは、今は『恋人』。
あたしは太宰さんのもので、太宰さんはあたしのもの。
だから、あたしは太宰さん以外の人と口づけたり、ましてや身体を重ねたりしない。
それは太宰さんも同じ。
じゃあ、『恋人』ではなくなったら?
太宰さんはあたしだけの太宰さんじゃなくなる。
そうなれば、太宰さんはあたし以外の人と、口づけを交わし、身体を重ねるのだろうか。
あたしにそうするように、太宰さんはあたしじゃない女の人に触れて、口づけし、愛の言葉を囁くのだろうか。
そんなの、イヤだ。
そんなの、考えたくない。
目頭が熱くなり、眦(まなじり)から涙が溢れる。
その苦痛は、悲しみは、言葉にすらなってくれなかった。
どうして……あたしはあたしなりに、ケジメをつけようとしたのに。
太宰さんに同じ想いを返せないから、それを伝えようとしたのに。
あたしは太宰さんに、『別れ』を告げられることを恐ろしく思っている。