第6章 黒獣を従える少年
「ならば、私が自殺を成功させる前に殺してみ給え」
今度こそ、太宰さんは去って行った。
ゴロリと仰向けになると、思い出したように全身に痛みが走る。
気を張っていたせいだろうか。
今度こそ指1本も動かせない。
視線だけで室内を見渡すと、あたし以外にもう一人、少年が床に転がっていた。
あたしより先に太宰さんから訓練を受けていた少年。
あたしよりもボロボロで、薄暗い部屋の中でも青白い肌が分かる。
あたしがじっと見ていると、少年はふらふらと立ち上がって、部屋を出て行こうとした。
「もう行くの? 龍くん……」
芥川龍之介。
太宰さんが貧民街で拾った異能力者だ。
年齢はあたしより3つ上だけど、組織に所属したのも、太宰さんに拾われたのも、あたしの方が先。だから、年上でもあたしの方が先輩。
「……僕(やつがれ)をその呼び方で呼ぶなと言っているだろう……」
「何よ……どう呼ぼうが、あたしの勝手でしょ……あたしの方が、先輩なんだから……」
途切れ途切れになってしまうのは仕方がないと思う。
太宰さんに殴られたり蹴られたりして辛い身体を、龍くんは引きずるように歩いて行く。
あたしも早く回復しないかな。太宰さんのところに戻りたい。
あたしは動かない腕を無理やり動かし、血液を口に含む。
飲みきれない血が口の端から流れて、あたしはそれを舌で舐め取った。
傷が塞がっていくのが自分でも分かるけど、体力まで回復してくれないのが悔しい。
「また、怒られたんでしょ……? ドクダンセンコー(独断専行)して」
「言われたことしかできぬ木偶(でく)よりマシだ」
「それ、あたしのこと? でも、命令ムシして太宰さんにメーワクかけるより、ずっと……」
指摘しようとすると、龍くんはカッと目を見開いた。
黒い外套が黒獣に変じ、あたしに襲い掛かる。
異能力――『羅生門』
龍くんの『羅生門』は、外套を黒獣に変化させる能力。
あらゆるものを喰らう黒獣が、あたしに牙を剥いた。