第6章 黒獣を従える少年
あたしは用意していた蹴りをお見舞いしてやった。
けど、太宰さんはあたしの蹴りを片手で受け止める。
でも、あたしだってそんなことで諦めない。
あたしは腕を思いっきり伸ばして床に手をつき、それを軸にして、あたしの足を掴む太宰さんを蹴り飛ばした。
「はぁ……はぁ……っ、うっ……」
飛びそうになる意識を、唇を噛んで持ちこたえる。
太宰さんは受け身をとって、余裕の様子で立っていた。
「中也に習った体術が、私に通用すると思ったのかい? 無駄だよ。私は中也の間合いも癖も把握している」
「太宰さんじゃなかったら、通じるもの」
異能にだって相性がある。
だから、いつか敵の異能があたしにとって不利だったときのことを考えて、あたしは中也から体術を習っていた。
習い始めて3年と半分。
未だに1本も取れないけど、筋は悪くないと中也に言ってもらっている。
まぁ、それを使っても太宰さんには勝てないけど……。
「詞織、まだやれるだろう?」
無理だ、なんて言わない。
あたしは、口元から流れる血を拭って、ふらつく身体を叱咤した。
* * *
「今日はここまでだ」
倒れたあたしを一度見下ろして、そう短く言い置いた太宰さんが去って行く。
遠ざかる足音に、あたしは背中の傷から血を伸ばした。
薄く研ぎ澄ました刃で、あたしは背を向ける太宰さんの身体を貫く。
――ドスッ
霧散するあたしの異能。
もちろん、分かっててやった。
ゆっくりと振り返る太宰さんに、あたしは憎悪すらこもった目で睨みつけた。
「……また、自殺したの?」
「……失敗したけどね」
「あたしが殺すって、言ってるのに……?」
「君では私は殺せない」
殺せない。
そんなこと分かってる。
太宰さんに異能が効かないのと同じくらい分かってる。
あたしの体術も異能も、太宰さんには届かない。
それでも……。
「それでも、太宰さんを殺すのはあたしだもん」
力が入らないのに、あたしは拳を握りしめる。
そんなあたしを、太宰さんが面白そうに見ていたことだけは分かった。