第38章 彼女に遺された言葉
「太宰さ……んっ⁉」
突然合わせられた唇に、あたしは言葉を呑み込んだ。
肺の中の酸素を持っていかれ、朦朧とする頭に、あたしはくらくらと酔いしれる。
やがて、唇が離れ、瞼を持ち上げると、胸が締めつけられるほど、切ない表情をした太宰さんがいた。
「……君は私のものだろう? だったら、私以外の男のことで胸を痛めるのは止め給えよ」
「え……?」
どうして、という言葉を紡ごうとすれば、再び口づけられる。
否定することは許さないとばかりに。
「ねぇ、詞織。君は織田作の為に、一体どれだけのものを捨てられる?」
その尊厳を守るの為に、一体どれだけのものを捨てられる?
突然の質問に、その意味を理解するのに一秒。
答えを出すことに、そう時間は掛からなかった。
「太宰さん以外の総て」
作之助はあたしにとって、太宰さんの次に大切な人だから。
あたしの生き方を変えた。
今なら分かる。
太宰さんの為に紡がれた言葉だと思っていた。
――良い人間になれ。
あれは、あたしに向けられたものでもあったんだ。
……闇討ちは止めておこう。
せっかく思い出したのだから。
今日のこの瞬間から、あたしは誰も殺さない。
…………太宰さんの敵以外は。
うん。それだけは赦せない気がする。
そんなことを考えていれば、太宰さんはすぐに次の問いをあたしに投げる。