第38章 彼女に遺された言葉
「だから、特務課に手を回してもらいたくてね。できるだろう?」
「確かに。特務課なら、超法規的な司法取引による免責も可能です……その少女が、本当に探偵社員ならば、ですが」
あたしは無意識に眉を寄せた。
鏡花は探偵社員ではない。
正確には、“まだ”社員ではない。
探偵社の調査員になるには、『入社試験』を通過する必要があり、通過できていなければ、正式な社員としては認められないのだ。
敦の(偽)爆弾魔立てこもり事件もその一つ。
国木田と一緒に太宰さんと関わった『蒼の使徒事件』もあたしちの入社試験だった。
「殺人は殺人。確かに、特務課と探偵社は協力関係にあります。しかし、社員でもない人間、しかも大量殺人犯に特赦を与えるのは、僕の権限では不可能です。……他の援助、例えば、対組合作戦支援なら、喜んで致しましょう」
至極全うな言い分だ。
どんなに頑張っても、入社試験を通過できていない鏡花を『探偵社の社員』と言い切ることはできない。
そんな安吾の答えに、太宰さんは落胆のため息を吐きながら立ち上がった。
「そうかい……また来るよ」
「いいの?」
安吾を動かせないと、紅葉姐さまとの約束が果たせない。
けれど、太宰さんは「仕方がないよ」と病室の扉に手を掛けた。
あたしも太宰さんの後を追う。
すると、安吾は太宰さんの背中に言葉を掛けた。
「治療と引き換えに協力する『取引』、確かに受諾しました」
だから一つ教えて下さい、と安吾は続ける。
「正体不明の車に突っ込まれたとき、なぜか僕の席のエアバッグだけ開かなかったんですが……理由をご存じありませんかねぇ?」
振り返った太宰さんは、ただただ静かに微笑み、何も言わずに立ち去ったのだった。
* * *