第38章 彼女に遺された言葉
「返してよ、作之助を……それができないなら死んで! 今すぐ! 死んで……死んで作之助に謝れ!」
あたしは紅い刃を振り上げた。
それなのに、安吾は動くことなく目を閉じる。
その行為が、余計にあたしを苛立たせた。
あたしは躊躇うことなく、安吾目掛けてナイフを振り下ろす。
「止めるんだ、詞織」
異能力――『人間失格』
太宰さんがあたしの肩に触れた。
瞬間、彼の『異能無効化』が発動し、ナイフが消えたあたしの拳が、安吾の平たい胸を打つ。
太宰さんはあたしを安吾の上から退かし、「すまなかったね」と困ったような笑みを浮かべながら用件を口にした。
「今日は良い話を持って来たんだ」
花束を脇の机に置いた太宰さんは続ける。
「組合の車攻撃で負ったその怪我、探偵社で治療しよう! 与謝野さんの治癒能力ならピカピカの新品に戻れるよ!」
その提案に、当然安吾は疑わしい視線を向けた。
「……で、その見返りは?」
「見返り? まさか! 特務課と探偵社は、いつだって相互に助け合って来たじゃあないか」
太宰さんという人間をよく知っている安吾の問いに、彼はパイプ椅子に座って笑う。
その言葉を、安吾は近くに置いていたらしい丸眼鏡を掛けて頷いた。
「なるほど……『だから今回の戦争を特務課も手伝え』と?」
「そう聞こえたなら、そうかもしれないね」
悪びれもせずに太宰さんは続ける。
「実は……探偵社員が一人、軍警に捕まっている。組合との最終決戦の前に、彼女を助けたい」
その『彼女』が誰なのか。安吾はすぐに察した。
「あぁ……“三十五人殺し”ですか。彼女は危険異能者を隔離する無人機にて拘束中と聞きましたが」
危険異能者を隔離する無人機。
鏡花の異能は携帯からしか発動しないから、意味のないような気もするけど。
あたしは腰かけた太宰さんの隣にパイプ椅子を持ってきて座る。
太宰さんはといえば、自分で持ってきたフルーツバスケットのイチゴに手をつけ始めた。
当然、経費で買った品物である。