第38章 彼女に遺された言葉
「ですね……では、潜入手段は?」
「それこそ特務課だな」
食べたドーナツが不味かったらしく、乱歩さんは眉を顰める。
「すぐに掛かります。最後は山?」
「海だ」
「了解。詞織、おいで」
「はい、太宰さん」
乱歩さんの答えに太宰さんが立ち上がり、名前を呼ばれたことでようやく目が冴えてきたあたしは、その後を追う。
二人の話を理解できずに紙飛行機だけが頭に刺さった敦だったけど、理解できていないのはあたしも同じだった。
* * *
総合病院の病棟の廊下を、太宰さんは鼻唄を歌いながら歩く。
その手には、花束とたくさんのフルーツが入ったバスケット。
あたしはその隣を、不機嫌な顔で歩く。
太宰さんだって、別に会いたいわけじゃない。
あたしだって同じだ。
でも、あたしは太宰さんみたいに、表面だけでも取り繕うような、そんな器用な人間でもなかった。
太宰さんが病室の名前を確認し、ノックもなしにガラッと開ける。
「ハァイ、安吾! 元気かい?」
そこにいたのは、全身を包帯でぐるぐるに巻き、ギプスを嵌めた右足は吊り上げられた坂口安吾だった。
先日、太宰さんと乗った自動車を組合に襲撃され、大ケガをして入院した。
安吾の病室は一人部屋で、他の病人はいない。
さすがは法務省お抱えの特務課である。
当然、ここも一般の病院ではなかった。
「これはこれは、素敵な格好だねぇ」
「わざわざお見舞いですか? ご苦労様です」
少しもそんなことは思っていないくせに。
沸々と怒りが込み上げてくる。
どうして、この男は生きているのだろう。
どうして、彼は死んだのだろう。
どうして、どうして、どうして。
「どうして……生きてるの……?」
抑えきれない気持ちを口にすれば、それを堪えることはできなくなった。
あたしの身体は意思を失い、勝手に安吾のベッドに上る。
噛みきられた傷口から流れる鮮血がナイフを形作り、気がつけばあたしは彼の首に刃を当てていた。