第6章 黒獣を従える少年
「ったく、とっとと帰って来れて良かったぜ。コイツ、毎日毎日、二言目には太宰太宰って、ウルセェんだよ。何が悲しくて糞太宰の名前を毎日聞かなきゃならねぇんだ」
「だって、さみしーンだもん! しょーがないじゃん!」
あたしは中也をポカポカと叩いてみたが、逆に拳骨を1発食らってしまった。
「いたーい! 中也のバカ! ふぇ~ん……太宰さん、中也が殴る……」
泣き真似をして太宰さんにすがれば、よしよしと殴られた頭を太宰さんが慰めてくれた。
「可哀想に……後で中也には、とびっきりの嫌がらせで仕返ししておくよ」
「テメェ……」
太宰さんに見えないようにべーと舌を出して見せると、中也が青筋を立てて睨みつけてきた。
* * *
任務から戻って、あたしは半日だけ休み、太宰さんに訓練をつけてもらうことにした。
そのほんの半日の間に、太宰さんには新しい傷が増えている。
仕事で負ったわけじゃない、『自殺』しようとして負った傷だ。
太宰さんの自殺癖は、出会った次の日には知った。
何で自殺したがっているのかは知らない。
でも……。
そんな風にぼんやりとしていたからか、あたしは太宰さんの蹴りをまともに受けてしまった。
とっさに異能で防御しようとしたけど、太宰さんの長い脚に触れた瞬間にそれは霧散して、その蹴りは綺麗にあたしの腹に決まる。
「あぅ……っ」
硬い壁に背中を打ちつけたあたしは、すでに軽い貧血を起こしていた。
肩で荒く息を繰り返すあたしに、冷ややかな声が浴びせられる。
「戦闘中に考え事なんて余裕だね。これが実戦だったなら、君は確実に殺されていたよ」
返す言葉もない。
でも、太宰さんが悪いんだもん。
また、あたしの知らないところで自殺なんかして。
太宰さんを殺すのはあたしなのに。
「いつも言っているように、今日こそ私を殺してみ給え」
あたしは歯を食い縛り、手のひらから伸びる血液で短剣を形成する。
そして、この4年で培った身体能力をフルに使って、太宰さんに迫った。
紅い短剣を振りかざし、包帯でグルグルに巻かれた彼の首を狙う。
当然その短剣は、太宰さんの異能無効化である『人間失格』で消え失せるが、もちろんそんなことは折り込み済み。