第36章 共闘と対立のはざまで二人は
「ポートマフィア首領、森鷗外殿」
そう言ってあたしたちの背後から進み出たのは、探偵社社長の福沢諭吉だった。
後ろには国木田が控え、社長は腰に一振りの刀を佩(は)いている。
社長と首領は互いに足を進め、距離を縮める度に、空気が張り詰め、緊張が走った。
「ついにこの時が来たな」
「探偵社とマフィア。横浜の2大組織の長が、こうして密会をしていると知ったら、政府上層部は泡を吹くでしょう」
社長の言葉にそれを想像したらしい首領が小さく笑う。
「単刀直入に言おう」
低い声音で社長は言葉を紡いだ。
「探偵社のある新人が、貴君らポートマフィアとの『同盟』を具申した」
「ほぅ」
興味深そうに目を細める彼に社長は続ける。
「私は反対した。非合法組織との共同戦線など、社の指針に反する」
しかし、それを進言したのは、マフィアに何度も撃たれ、斬られ、拐(かどわ)かされた者であり、言葉の重みが違った。
だからこそ、自分は組織の長として、耳を傾けざるを得なかった。
社長が言葉を区切ると、首領は苦笑する。
「お互い、苦労が絶えん立場ですな」
「結論を言う」
同盟はならずとも、『一時的な停戦』を申し入れたい。
簡潔に、短く社長が言うと、彼は目を瞠り、沈黙する。
そして、面白そうに目を細めた。
「……興味深い提案だ」
「理由を言う。第一に――」
「T・シェリングを読まれたことは?」
社長の言葉に被せるように、首領は唐突に誰かの名前を上げる。
「J・ナッシュに、H・キッシンジャーは?」
聞き覚えのない名前に困惑する社長やあたしたちに、太宰さんが「戦争戦略論の研究家」だと耳打ちしてくれた。
太宰さんは「昔、誰かさんに教え込まれた」と小さく呟いたけど、その『誰かさん』はきっと首領だろう。
社長は『孫子』は読むけど、洋書は読まないそうだ。
「国家戦争と我々のような非合法組織の戦争には、共通点があります。協定違反をしても、罰する者がいない」
もし、停戦の約束を突然マフィアが裏切ったら?
探偵社が裏切ったら?
損をするのは停戦協定を信じた方のみで、先に裏切った方が利益を得る状況下では、限定的停戦は成立しない。
そう、首領は語る。
もしあるとするなら、それは――……。