第34章 少年が読んだ本
それを聞いた敦が、固い声音で太宰さんを呼んだ。
「……昔、読んだ古い本に書いてありました」
――昔、私は、自分のしたことに就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ 何時も後悔を感じていた。
まるで、その本が目の前にあって、そのセリフを読んでいるような。
どこか感情の窺えない声。
「それにこうもありました」
――頭は間違うことがあっても、血は間違わない。
「空の上で、僕はあるアイディアを得たんです。皆からすれば論外なアイディアかもしれない。でも、僕にはそれが、僕の血と魂が示す、唯一正解に思えてならないんです」
太宰さんは、敦の導き出した答えが何であるのか、知っているのではないかと思った。
けれど彼は、あえてその答えを促す。
「どんなアイディアだい?」
「協力者です。彼らは横浜で最も強く、誰よりもこの街を守りたがっています。組合と戦う協力者として、これ以上の組織はありません」
敦の言葉に、あたしは息を呑んだ。
それに該当する組織なんて1つしかない。
「まさか、その協力者って……」
あたしの言葉に、敦は頷いた。
「――ポートマフィアです」
「あり得ない!」
あたしは反射的に立ち上がった。
「危機的状況なのは分かってる。でも、マフィアと共闘なんて……っ!」
「詞織、落ち着いて」
座るんだ、と太宰さんがあたしに命じる。
けど、と言おうとしたけれど、太宰さんの湖畔のように静かな瞳に、あたしの頭は落ち着きを取り戻した。
ゆっくりとした動作で腰を下ろすと、太宰さんは敦を見据える。
「君の考えは理解した。けれど、私の一存ではどうにもできない。長年対立してきたマフィアとの共闘ともなれば、社長の許可がいる」
だから、君が社長を説得しないとね。
そう、太宰さんは言ったけど。
敦が思いついた作戦を、太宰さんが考えつかないわけがない。
この展開は、きっと太宰さんの予測の範囲内なのだと思う。