第32章 許せない男
息を呑んだのも束の間、あたしはビルの屋上から飛び降り、紅い翼をはためかせて地上に着地した。
高級車は無惨にもひしゃげてしまっている。
あたしは助手席の太宰さんに駆け寄った。
「太宰さん!」
力任せに引っ張るも、自動車が変形してドアは開かない。
あたしは背中の血液から剣を作り、鉄の扉を切り裂く。
紙のように切れたドアに構うことなく、あたしは太宰さんを確認した。
「太宰さん!? 太宰さん、大丈夫!?」
エアバッグが作動したようで、太宰さんはあたしの呼びかけに、呻きながら答える。
「大丈夫なわけがないだろう? 痛いし痛いしすごく痛いし、心臓が止まるかと思ったよ。こんな死に方をしたんじゃ、死んでも死にきれない」
頭を強く打った様子もなく、意識もしっかりしているようで、あたしはホッとしたのと同時に殺意が沸いてきた。
激突してきた自動車の運転手を確認したけれど、そこには誰もいない。
「自動運転……? バカにして!」
運転手のいない無人の自動車に腹が立ち、苛立ち紛れに異能で細切れにしてやる。
鉄クズに成り下がった自動車を見下ろしていると、太宰さんが助手席から下りてあたしを呼んだ。
「詞織、救急車の手配をして」
「どこか痛むの?」
やはり頭を打っていたのだろうか?
それとも、腕や足が痛むのだろうか。
そんな心配をしていると、彼はゆるゆると首を振る。
「安吾を放っておくわけにはいかないだろう?」
太宰さんたちが乗っていた自動車の運転席を見れば、血だらけの安吾が意識を失っていた。
エアバッグが作動しなかったのは、太宰さんが細工したからだろう。