第32章 許せない男
「……助けるの?」
「助かってもらわないと困るんだよ」
ギリッ…と歯が音を立てる。
脳裏に作之助の姿が過った。
赤茶色の髪を持つ、すらっとした長身。
そして、この世で最も太宰さんを理解していた男。
――人を救う側になれ。どちらも同じなら、良い人間になれ。そのほうが、幾分かは素敵だ。
太宰さんへ残した作之助のこの言葉は、あたしの人生すら変えた。
あたしの心を縛る、真綿の鎖。
痛みもなく緩やかに、あたしを光の世界へ拘束している。
太宰さんが人を救う側にいる以上、あたしも善人でいないといけない。
そこで、不意にあたしは記憶の焦点を過去へ結ぶ。
そう言えば、息を引き取る前、彼はあたしにも言葉を残してくれていた。
彼はあたしに、何と言ったのだったか――……。
* * *
やって来た救急車に安吾を任せ、あたしたちは敦の待つ広場へ向かったけれど、そこに敦はいなかった。
周囲へ聞き込みをした結果、彼は身なりの良い異国人に襲撃を受け、それを和装の少女に助けられ、そのまま2人で逃げたようだ。
その後で、再び2人は異国人と遭遇し、敦は巨大な白い鯨の要塞に連れ拐われ、和装の少女は軍警によって拘束された。
* * *
マフィアと組合、そして探偵社の3組織による異能戦争が始まり、敦が拐われてから1週間が経過した頃。
組合によって、Qが囚われたという情報が探偵社に入った――。